研究者

加藤 尚志

早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授

個々の分子や現象に注目しただけでは,調節系の全体像や相互関係の理解は困難です。最近では遺伝子や蛋白質に加えて,複数の標的遺伝子の発現を制御しうるマイクロRNA(miRNA)などの新たなクラスの調節因子にも注目が集まっています。生物の仕組みの複雑さは遺伝子数で決まるのではなく,調節系を担う分子群の発現制御に大きく依存すると考えられます。連関・連鎖する分子ネットワークの中には未知の機能分子は沢山あるに違いありません。
血球産生を担う造血制御には,複雑な分子ネットワークが張り巡らされています。造血系の中でも赤血球造血は,体外環境の酸素や鉄を利用するプロセスをともない,鉄代謝系や酸素代謝系と深く連関します。私達は,ヒト白血病細胞株の発現遺伝子を網羅的に調べ,血球分化に機能するmiRNAを見出しました(Kosaka et al. 2008)。その中でも,低酸素環境に応答するmiRNAとして白血病細胞で見出したmiR-210の機能を固形腫瘍細胞で調べました。するとmiR-210は,細胞の低酸素応答と連鎖する鉄代謝系の制御の新たな担い手であることが判明しました(Yoshioka et al. 2012)。
一方,環境要素の中でも,環境温度応答については,様々な実験報告があります。私達は内温動物マウスと外温動物アフリカツメガエルを低温に暴露し,血球産生の変動を観察しました。低温に暴露されたマウスでは直ちに赤血球産生が亢進しました(Maekawa et al. 2013)。一方,アフリカツメガエルでは,不思議なことに末梢の血球は急速に造血器官である肝臓(Nogawa-Kosaka et al. 2011; Okui et al. 2013)に移動し,汎血球減少症になります(Maekawa et al. 2012)。そこで私達は,環境温度応答系と造血系を繋ぐ制御を探索しています。その手段として,生体試料中の蛋白質変動をシステムワイドに捉えるプロテオミクス実験系を確立し,低温暴露アフリカツメガエルの肝臓プロテオーム(Nagasawa et al. 2013, in press)を調べました。動物種や組織の違いによらず,立ち上げたプロテオミクス実験系は広範な応用が可能です。本プロジェクトで稼働する様々な実験系で得る生物材料について,mRNA,miRNAの網羅的発現データをあわせたクロスオミクス,そしてパスウエイ解析を展開中です。

加藤 尚志