研究者

南沢 享

東京慈恵医科大学 医学部 教授

血管、特に大動脈系の弾性血管は伸縮性に富む性質(弾性)を有する。弾性があることによって、心臓から高圧で送り出される断続的な心拍出が連続的な血流に変わり、組織への間断ない循環を保つことが出来る。すなわち、弾性血管は各組織への恒常的な酸素・栄養素・液性因子の供給に重要な役割を果たしている。血管に弾性を与えている主役は血管弾性線維であり、加齢や炎症、遺伝子異常などによって惹起される血管弾性の劣化、断裂は動脈硬化や動脈瘤など生命予後を左右する病態に直結する。その病態を理解し、治療に役立てるためには血管組織における弾性線維形成の機序を知ることが必須である。

血管弾性線維は特殊な細胞外マトリックスとして、血管平滑筋など血管構成細胞から分泌されるエラスチンなどが主成分となって形成される。近年の分子生物学的研究の進展によって、弾性線維の構成蛋白質や制御蛋白質に関しては多くの知見が得られ、エラスチンが線維状にクロスリンクする複雑な機構が明らかになりつつある。しかしながら、血管構成細胞が弾性線維形成を促進する内的・外的シグナル伝達系については未解明な点が多く残されている。

弾性線維は血管にのみならず、肺や皮膚など伸展性を必要とする組織に備わり、組織機能維持に重要な役割を果たしている。弾性線維は劣化すると再び作り直されることはないとされているため、血管弾性線維の形成と劣化に重要な因子を見つけ出すことは極めて重要である。研究代表者らは、これまでの研究でプロスタグランジンE(PGE)シグナルがPGE受容体のひとつであるEP4を介して弾性線維形成を抑制する可能性を見出した。本研究ではPGEなどのプロスタノイドが、弾性線維形成と機能維持に果たす役割に関して分子生理・薬理学的に詳細に調べることを目的とする。研究代表者らの最終目標として、弾性線維の劣化に伴う様々な血管病変の病態を理解し、弾性線維の再生や劣化阻止などの薬物治療に結びつけて、トランスレーショナルリサーチへの展開を目指す。